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山の企画
山彦恵方は、山<森や川、そこに住む全ての生き物を包括する意味での>を歩く事を軸にして
自然との関係や生活の在り方を提案させていただいております。
     
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 目  次    バックナンバー
    
1.1 森
1.2 杜
1.3 森での瞑想
1.4
1.5 実感
       


   
 
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1.1 森
     


山と言霊に引越ました

 





 
 
 
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1.2 杜
   
 


山と言霊に引越ました





 
 
 
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1.3 森での瞑想
     


山彦恵方が『深山(みやま)に参る)』時、大事にしていることは「元気」になることです。
元「げん」は「源(げん)」に通じます。人の源(みなもと)の「氣」が「元氣」です。その状態が良いことを「元氣が良い」と言うのです。
人の身体の約70%は、水分です。

身も「み」です。
つまり「みず(自)」です。
山の沢や川や滝、森の木々、そして苔生す岩の「みず」が、自然界の「(き)氣」の「(みなもと)源」です。
自然界の「み」な(の)「元(もと)」である「みず」と、身体(自身)の内にある「みず」との同調、調和を通じて「元気」になっていただくこと。

それが森での瞑想の目的なのです。そして山彦恵方が、自然のなかでの瞑想を大事にしている理由なのです。

 
 
 
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1.4 
     


『深山に参る』は、山を歩く時に「観想」や「行」を意識しましょうという提案です。
それに対の形で『森での瞑想』では、「座禅」や「立禅」を提案させていただきます。
 その事前準備として自然との調和、同調がし易いように、心(自分)の置き場となる自身(身体)をチューニング調整する為にヨーガやストレッチと錬功(氣功、太極拳、養氣呼吸法)を行っています。
 「何やら難しいなあ」とお感じになられるかもしれません。
お叱りをいただくかもしれませんが、ここで用いた「禅」は、イメージをお伝えするための方便として用いさせていただきました。

「禅」や「瞑想」を究めようということに目的を置いてはおりません。
 「禅」は、「善」に置き換えても良いし「然」でも全然良いのです。

 


 

 
 
 
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1.5 実感 
     


聞き慣れない「動禅」、「行禅」は、文字通り「行動」しながらの、「座禅」は 座っての、「立禅」は、立っての「禅」です。
 「禅」のもつイメージと言っても半眼で静かに想いをめぐらす「座禅」しか思い浮 かばないとおっしゃられるかもしれませんが、それで十分です。

「瞑想」も「静かに想う」程度に簡潔で良いのです。
山彦恵方が大事にしたいのは、自分自身と自然との同調、調和でありその現実としての体感なのです。
理論は、方法論でしかなく、体現として感じる事や事象が起こらなければ、それは やはり無に等しいのです。

クオーツの時計の中で、水晶が規則正しく振動していますが私達は感じる事はでき ません。
しかし針の運動としてそれを認めています。
 『森での瞑想』によって「なんだか元気が良くなったなあ」という実感を得れればそれが「善」であり「然」なのです。



 
 
 
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